落とし物はいや

「いつ帰ってくるの?」
「今週には帰るよ」

帰省している彼氏がふんわりしたことを言うので、妙に不安になってしまった。
事情があっての帰省なので、スケジュールがはっきりしないのだという。
仕方がないこと。

わかってるのになんで、こんなに簡単に心細くなるんだろう。



今日は一日中社内にいて、資料作成をしていた。
じっくり考えて、じっくりやれたのでよかった。
前の仕事は5枚同時に皿回しをしてるみたいな慌ただしい環境だったので、なんだか信じられない。

新しい会社は今どきめずらしく社内での喫煙可で、私はタバコを吸わないから、一日中社内にいると煙でやられて激しく咳が出る。
これだけは、なんとかしないとまずそう。
なんとか、って、どうすりゃいいのかわからないけど。


定時で仕事を終えて会社を出て、東京タワーの見える交差点を走って渡った。

駅に続く脇道に入ったところで、右耳が変に軽いことに気付いて触ると、つけていたイヤリングがなくなっていた。

咄嗟に振り返ったけど、駅に向かう人たちが押し寄せてくる道に、金のワイヤーに白い貝を連ねた大ぶりのイヤリングは落ちていない。

音もしなかったし、ここより手前で落としたのかもしれない。
少し戻って、通ってきた道を探したけれど、見つけることはできなかった。


ああ、いやだよ。
落とし物はいや。

イヤリングは去年か一昨年に自分で買った安物で、メッキも剥げかけてて、それは別に惜しくもないような物で。

でも、さっきまで一緒だったの。
急にいなくなってしまうなんて、さびしくて。

こんな気持ちになるなら、イヤリングなんかつけなきゃよかった。
ずっと家に置いておけばよかった。
急にさよならになってしまうぐらいなら。


「イヤリング落としちゃったの」

と、連絡してしまいたい。

急にそんなこと言われても意味がわからないだろうけど、あの人のことだから「そうなの。かわいそうに」と言うだろう。


東京にいたって忙しくてほとんど会わないのに、飛行機に乗って行くほど遠いところにいると思うと、繋がっていた紙のテープがぷつっと切れたみたいに思ってしまう。


さびしいのは嫌い。

なにもなくならないで。


2017年07月31日(月) 20時01分

できる人ブログ

「できる人間はメールの返信が早い」

という話を聞いて、確かにーと思うのだけれど、そういう人のメールって短文で「確認しました。それでいきましょう!」みたいな、勢いと必要な情報は凝縮されてるけどこちらの気持ちをおもんぱかる内容が少ないものが多いから、いつもちょっとだけ寂しくなって、私ばっかり好きにならないように線を引いてしまうな、と思うので、結局、私は少々できないぐらいの人の方が好き。


というわけで、できない私です。
ずいぶんとご無沙汰でした。

いろいろあって感じることも多くて書き出すとキリがないのだけれど、ここはできる人のように短く。

転職しました。また広告の仕事。

ゴールドジムに通い始めました。マッチョだらけ。腹筋割りたい。

両親を招待してお伊勢参りに行きました。

大病を乗り越えた親友に会いに行きました。

彼氏と鎌倉、今年は行けました。

37歳になりました。


歳を取ると、なんとかバランス取れるようになるもの。
いや、私は比較的すぐ転ぶけれど、それでもマシになるもの。


いろいろあるので、また落ち着いたら。

いってきます。

2017年07月13日(木) 09時33分

猫は付き合いやすい

家から駅までの道に、よく三毛猫が寝ている。

昼も夜も人通りの多い路地なので、よく誰かに撫でられている。

あいつは誰にでも撫でられる猫だ。


今日は、午後にジムに行こうとしてそこを通ったらちょうどその猫が寝ていて、先客がいなかったのでしゃがみこんで少し撫でたら、「ぐりん」と体を回転させて気持ちよさそうに撫でられてくれた。

こいつめ。

でもジムに行かなきゃいけないので、チョチョっと撫でて、立ち上がってバイバイしてまた歩き出した。


そういえば、猫にはこんな風にしても罪悪感が残らない。
撫でた動物が気持ちよさそうにしているとやめ時がわからなくて困るのだけど、猫はたぶん、こちらがあっさりやめてもなんとも思っていない。

だから、猫は付き合いやすい。

私は人並み以上に猫が好きだけれど、それより少し多めに犬が好きだ。
けれど、こういうところは猫がいい。
猫は後腐れがなくて最高だ。
猫は付き合いやすい。


私の性格は完全に犬なので「付き合いづらいのだろうな」と思う。

執着もなく、なんとなく撫でられて、やめられても別に何も感じない猫のような女ならば。


なれるわけでも、なりたいわけでもないので、このまま犬好きな人にかわいがられるのを待つけど。


2017年06月12日(月) 00時53分

玉ねぎとひき肉を炒めたやつの匂いって

最近は日が長くなって、仕事から帰るときにまだ薄明るい。

初台の駅に向かって、買い物客と飲み客が行き交う不動通りを横切るようにして住宅街の細い道を抜ける。
住所でいうとこのあたりは渋谷か新宿だし、たぶんびっくりするほど土地も高いのだろうけど、古くて倒れそうな家々が隙間なく並んでいる路地の景色は、少しもえらぶっていなくてやさしい。

「いつも悪いわね」
「いいのよ、ちょうど八百屋さんに行ってきたから」
「ごちそうさま」

と、誰かが誰かに野菜をおすそ分けする声が聞こえてくる。


夕飯の準備をしているのか、どこかから玉ねぎとひき肉を炒める匂いがしてきた。
仕事の延長でシャンとしていた背筋が途端にホッとゆるんで、なぜか好きな人のことを思い浮かべた。

これからあの家では美味しいものができあがって、きっとみんなで食べるのだ。
おしゃれでも豪華でもないけれど、どっしりと確かな日常の匂い。

ゆるがないものを、というか、壊れるのではないかと不安にならないものを、根拠もなくそう盲信できるものを、しあわせ、っていう気がする。

好きな人は、いま何をしているだろう。


おぼれかけながら息つぎをするような日々も本当は嫌いじゃない。
ハイになれるから。
でも私は、玉ねぎとひき肉を炒めた匂いが好きだ。


記憶の中の玉ねぎとひき肉を炒めた匂いは、子供の頃、母が料理をしていたときの匂いだ。
全然ふわふわじゃない薄焼きみたいな卵でくるんだオムレツか、しょうゆ味の焼きめしになる。


あの人も、こんなしあわせが好きだろうか。

2017年06月07日(水) 23時45分

iPhoneの写真を1400枚消した

iPhoneのアプリを更新していたとき、いつまでも更新が終わらず操作不能になったアプリがあって、「なんだよこれ。じゃあ一旦消すか」と、設定から削除した。

そのときiPhoneの空き容量があと3GBちょっとになってることに気付いて、「これは近いうちに面倒なことになる」と思っていろいろ整理することにした。

シンガポール旅行で使ったけどそれ以来使っていない翻訳アプリとか、やるつもりは元々ないけどキャンペーンで無料だったときに入れたDJアプリとか。

いちばん容量を食っているのは写真だった。
この機会に掃除しようと、iPhoneを使い始めたその日から今日までを日付ごとに一覧表示させて、サムネイルを見ながら、不要な画像や何枚も撮った似ている写真をどんどん選択していった。


見返してみるとクラブに行っていた頃の写真がものすごく多くて、だいたい暗闇で誰かがシュッと動いているやつだった。
それらは懐かしみながら1つのイベントにつき1枚か2枚残して消した。
友達が写っている写真はちゃんと残した。


昔の男の写真もたくさんあって、別れてしまえばそりゃ積極的に見たくはないけど、同じ場所でたくさん撮った彼のうち、写りのいいのは残して、全部消すことはしなかった。

なんとなくそれで、自分が自分の来た道を全部は否定しないでいられているな、と思えて、よかった。

その頃はその頃で、私もうれしそうな笑顔で写っていた。


ぜんぶで1万枚以上あった写真を、1400枚ぐらい消した。
空き容量は7GBちょっとになった。

少しほっとして、自分の心の中も容量が増えたような気がした。

たぶん錯覚だけど。いいの。

2017年06月04日(日) 07時16分