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サバサンドのカフェで

ここに住んでもうすぐ3年になるけれど、街におしゃれなカフェがずいぶん増えた。

休みの日の贅沢として「カフェにお昼ごはんを食べに行こう」と思い立って、3つ4つの店が頭に浮かぶ。
行きたい場所があるということ自体、贅沢な気がする。

カフェがカルチャーになってもう何年だろう。
って、偉そうに言ったけど、カフェ以前の喫茶店の存在を考えたら「もう何年」なんて言葉はお恥ずかしい知ったかぶりかもしれない。

まだ10代の頃、スタバが流行りはじめたあたりで「カフェに行く」という選択肢が自分の中にできた気がする。
行くったって、原宿に遊びに行ったとき限定だったけど。
背伸びしてキャラメルフラペチーノを飲んだ。


今日はスモークしたサバのサンドがおいしいカフェに来た。2回目。
ちょうど昨日で一周年だったそうで、ノベルティをもらった。
前に来たときよりたくさんお客さんが来ている。カップルも、ベビーカーの家族連れも。
一周年おめでとうございます。

しばらくぶりに来たら、サバサンドに付いていたすごくおいしいピクルスとポテトは付かなくなったみたい。
そうですよね。
そりゃあ、そうですよ。
前にちょっとサービス良すぎるって思ったもの。
でもあのピクルスおいしかったな。


本を持って来たので、もう少しの間ここにいようかなと思う。
おしゃれなカフェのすましたカウンターで読むと捗る。
(しかし私は尻の骨が尖っているので、おしゃれなスチールのイスに座り続けるとお尻に褥瘡ができそう……イテェ……)


恋人はいま海外出張中。
なかなかネットが繋がらないらしく、途切れ途切れにLINEが届く。
写真はどうやら送れないみたい。

忙しくてずっと会ってないし、それが私たちの日常だけど、海外にいるって言われると途端に寂しくなってしまって、眠る前に彼の写真を眺めてから眠るようにした。

そのことをLINEしておいた。
少し遠い空の下で「かわいいやつめ」と思ってもらおう。


2018年08月04日(土) 16時00分

『新しい詩とその作り方』という本

図書館の新規購入本のコーナーにあった『新しい詩とその作り方』という本を借りた。
かの室生犀星先生の本だ。
と言っても私は室生犀星の詩にほとんど触れたことがない。

タイトルからしてHOW TO本のようだけれど、2章ほど読んでみて、もう、この本自体が詩のようなもので嬉しくなっている。
読んでいるうちに「書かねばならぬ。なぜ書かぬ。書く以外に我々の仕事はないはずだ!」と、燃えたぎるような、居てもたってもいられぬ思いになってしまい、すぐ本を閉じて部屋の中をウロウロしたりトイレに行ったり(たぶんアウトプットするものがおしっこぐらいしかないから)するもので、なかなか読み進まない。
人の心にガソリンをぶっかけて、マッチを箱ごと擦ってぶん投げて着火するような文章だ。室生犀星先生め。

あきらかに私は毎日に満足してはいないのに、散らかったリモコンをまとめるおしゃれな箱を買ったり、月2回の不燃ゴミの日をカレンダーに記入することで使い終わったスプレー缶をスマートに処理することができるようになったり、そういう日々を良くする小さな工夫をすることぐらいしかやらない。
それで十分のような気がする。良くするために工夫をする。それが丁寧な暮らしだ、と。人間としての心の豊かさだ、と。

実際、整理も整頓も工夫も知恵も好きも嫌いもない部屋で暮らすよりずっと気分はいいが、それならなんで私は何も書かなくなったのだ。

良くなったことに満足して寝てしまう。
今はどうなるんだ。
眠りに落ちようとしている「今」の立場はどうなる。
使い勝手の悪かった過去と、良くなった未来だけ見て眠っているだけだ。
それが毎日だ。

私の 今 はどこにいったんだ。

という思いは生まれたものの、まだ何も書いていないし、本もぜんぜん進まない。
すぐトイレに行くのだけはガマンして、読もうと思う。

2018年07月30日(月) 12時00分

赤いサンダルと檸檬

赤いサンダルを買った。

服装を選ぶとき、いつもバッグや靴の色は無難に服に合わせる。
柄のスカートをはく日には、柄の中から一色取ってきて、靴とバッグの色を決める、とか。
黒とベージュと茶色、それに白あたりを持っていれば迷うことはあまりない。
あとはコーデのバランスを見ながら、大きいバッグにしたり、丸いバッグにしたり、スニーカーにしたり、パンプスにしたり。


そういう私が突然、赤いサンダルを買った。

きっかけはたぶん、街で見た女の子。
すごく尖ったおしゃれさんという感じではなく、普通の女の子だった。
シンプルな服に赤いサンダルを履いて信号待ちをしていた。

そのサンダル姿を「かわいいな」と思ったけれど、なぜ惹かれたかといえば違和感があったからだ。
信号待ちをしている女の子の赤いサンダルは、炎天下に異様に浮きあがって見えた。
コーデの一部というより、“彼女と靴”。
靴に人格があるかのように見えた。

それで、「いいな」と思った。


こうして買った赤いサンダルは、容赦なく赤かった。
子どものおもちゃのような赤だ。目がちかちかする。

私が持っている服のどんな柄にもこんな鮮やかな赤はないし、どんな服にも合いそうにない色をしている。
手ごわそうでニヤニヤした。


たとえば、白いTシャツに、カーキのベイカーパンツ。
夏だから、バッグはかごバッグ。

いつもなら黒いパンプスかベージュのサンダル。
もしくは白いスニーカーか、シルバーのオックスフォードシューズ。


じゃなくて、赤いサンダル。


「これだ、これ」

サンダルは強烈に主張していて、まったくなじむ気がない。
調和を無視している。足だけが目立つ。

でも、なんかいい。

私はたぶん、自分のバランス感覚に飽き飽きしていた。
その無難さを、木っ端微塵にふっ飛ばすのが赤いサンダルだった。


今朝、駅までの道でマンションのドアやお店のウインドーに映る自分とサンダルを眺めた。
赤いサンダルは、ものすごく偉そうな顔をしている。
ダサいんだかおしゃれなんだか、よくわからない。
それがすごくおもしろい。

くすぐったいような清々しいような気持で歩きながら、梶井基次郎の「檸檬」を思い出していた。

私の赤いサンダルは、丸善に積み上げた画集の上に置かれた檸檬のようなものかもしれない。


参考:「檸檬」梶井基次郎(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/424_19826.html

2018年07月25日(水) 19時53分

はのせいで、へ。

自分にストレスがかかっているかどうか知るサインのひとつに「知らぬ間に上下の前歯が合わさっている」というのがある。

私は「なるべく体を縦にしたくない。できれば横になっていたい」という人間なので、なにかストレスがあって必死に「縦になっているぞ!」と気合を入れると無意識に歯を食いしばる。
それも日常的に気合を入れ続けると、どうも奥歯より前歯に力がかかるようだ。

人間はリラックスした状態だと口を閉じていても上下の歯は触れ合わず、だいたい1~2mm開いており、舌先は上の歯の裏側の歯肉に少し触れている程度なのだという。
しかし最近、家でも会社でも移動中でも前歯がギリッと合わさっていることがあって、度々「いけね」と思う。


人間が緊張感をのりこえて脳や身体のパフォーマンスを上げるために、歯を食いしばるのは自然な行為だという。
ただそれが長い時間になるとあまり良くないので、歯科医療の世界では「噛みしめ」とか「TCH(Tooth Contact Habit=歯を接触させる癖)」といわれて、ひどければ対策をしたほうがいいものと考えるようになってきたらしい。

噛む力というのは人の体重ぐらい(瞬間的にはそれ以上)の力があり、軽く噛み締めているだけでも、長時間となるとけっこうな圧力となる。
私が気にしていたのは噛み締めの裏にあるストレスの方で、今まで噛み締めそのものについてはだいぶ軽く考えていた。
(寝ている間に噛み締めてしまって顎が疲れるので歯医者さんでマウスピースを作ったことはあった)

「歯ぐらいで大袈裟な……」と思ってどんな良くないことが起こるのか調べてみたら、顎や頭が痛くなるし肩コリになるし歯がボロボロになって知覚過敏になるし噛みしめると舌の位置がおかしくなって唾液が増えてそれを飲み込むときに空気も飲み込むから「おならが増えます」って。


おならが。

泣きそう。


(がんばってやめます)

2018年07月23日(月) 19時34分

バースデーケーキ バースデーメール

今年の誕生日は東北に旅行にでかけた。
旅館の贅沢な夕食をおなかいっぱい食べて、あとはデザートで〆るぞ、というところで「振り返って後ろを見て」と言われて、「?」と振り返ったら、真っ赤ないちごの乗った真っ白いバースデーケーキが運ばれてきた。
ろうそくを立ててもらい、バースデーソングを歌ってもらって、「えへへ」と笑ってろうそくの火を吹き消した。
一息だと消えなくて、二息、三息で。

このバースデーケーキ、クリームもスポンジもびっくりするほどフワフワなケーキで、私はホールケーキの1/4をペロリと食べてしまった。
あらかじめ旅館に予約してくれていたそうだけれど、旅館の人がどこかのケーキ屋さんから取り寄せてくれたのだろうか。それともやっぱり旅館の料理人さんが作ったのだろうか。
東京のホテルや有名な洋菓子店で食べたケーキでも、あのケーキよりおいしいものはなかった気がする。
山あいの旅館であんな上等なケーキ。
夢だったんだろうか?


誕生日にあわせて自分が思っていた以上にたくさんの友達から「おめでとう」という連絡をもらって、驚いたしうれしかった。
何年かぶりに連絡をくれた友達と「今度飲みにいこうよ」と話すこともできて、それもすごく幸せだった。
「飲みにいこう」なんてひさびさに言ったな。

女性の30代って激流のようだと思う。
結婚したり、出産したり、私にように独り身だったり。
それぞれが一生懸命に生きているうちに、10代、20代で仲良しだったあの子たちとも散り散りばらばらになった。
もちろん、ずっと一緒の友達もいる。いなくなって戻ってくる友達もいる。

歳を取るたび、何が大事って「友達が大事」になる。心強い。
彼女たちのことがちょっと気持ち悪いぐらい好きだ。


38歳だってさ。
いつも通り実感がないし、いつも通り違和感もない。
もうちょっと年齢を憂いたりした方がいい気もするけど。

ただ、まあ、老けたな。
間違いない。
昔より気になるぜ、笑いジワ。
それに頭に靄がかかってきた感じ。

やりたいことや興味のあることが、どうでもよくなってしまうまでの速度が増した。
なにもやらずに寝てしまう。
目が覚めたら次の日になっていて、だるい体を動かしながら、また眠る瞬間のことを恋うている。


でもまだババアになりたくないんだよね。今年もビキニが着たいし。

2018年07月06日(金) 19時37分