FC2ブログ

手帳がうまく使えない

今年も手帳を買ったのに、最後まで使えずに終わってしまう。

年が明けて数ヶ月はあれこれ書き込むのだけれど、だいたい夏の終わりぐらいには月に2回の燃えないゴミの日ぐらいしか書き込まなくなり、秋や冬は白紙。お蔵入り。

高校生の頃はあんなにギッシリ書くことがあったのに、今はなにもない。
時間割も宿題もテストもバイトもないから仕方ないけど。それに今はパソコンやiPhoneがあるし、手帳がなくてもスケジュール管理に困らない。


歳をとると(嫌な言い方だな)、毎日があっという間に過ぎるし、記憶に残らない。
最近ここでもずっとそれをグダグダ言っているけれど、本当にダメだぞ、と思う。
このままツルッと生きていると、たぶんすぐ死ぬ。すぐ人生終わる。

だから、毎日に楔を打ちたいんだと思う。
たぶんこれも前に書いたけど。

それで、毎年手帳が欲しくなる。
何か書いておけば、楔とはいかなくてもまち針ぐらいは打てる気がして。(使い切れてないから打ててないけど)


PLAZAに毎週違うデザインになっている派手な手帳が売っていて、今、それが欲しい。
週が変わるたびにデザインが変わるなんて、ツルッと生きててすぐ死にそうな私にはもってこいだ。

どうしよう。買っちゃおうかな。
書くことあるかな。いや、作るのか。

仕事のことは会社のカレンダーとPC内に書き込んでいるし、プライベートの予定とよかったことだけ書くことにしようかな。家から持ち出さず、死後見つかってもいい程度のきれいな内容だけ書く決まりにして。

そうだ、死んだ時に連絡してほしい人の連絡先を書いておこう。彼氏とか友だちとか。
あと預金口座と、医療保険とバイク保険と、株と投資信託のこととか。


って、もうそれエンディングノートだな。

生きます。(買います)

2018年12月15日(土) 22時31分

自立とは

‪整骨院で骨格や筋肉が男性的であるということを細かに説明された上で「男に対しての盾がデカすぎる」と男性への接し方が誤っている旨を指摘されたので、「つまり私は性転換したらいいですかね……?」と聞いた。‬

「おまえのお母さんに怒られるのでやめて」とのことだった。

でしょうね。


できるわけはないとわかっているんだけれど、前にも「性転換したい」と強く思ったことがある。
レズビアンやバイセクシャルでは、たぶんいまのところない。
機会がないだけで確信しているわけではない。
ただ「性転換して女をやめたい」と思った。




好きな人がいること、好きな人が自分を好きなこと、それだけでとても幸せなことだと思う。
それ以上を望んでしまうのは私が自立できていないからかもしれない。

自立とは。

何年も前にもそんなことを書いた。


働いた金で部屋を借りて暮らしている。
きちんと部屋を掃除して、食材を買って料理を作り、洗濯した清潔な服を着ている。
たくさん考えて、ひとつひとつ自分で選択している。

はず。
なのに。
どうして。

自立とは。

寂しさを感じないことを自立と思い込んでいる気がする。
なにも感じないぐらい強くなりたい。
それがどうしても欲しい。
お願いだからそれをください神様。


もしくは朝が来る前に世界が終わらないかな。


2018年11月25日(日) 00時12分

性分

昨日はジムに行くつもりが仕事帰りに最寄り駅のホームについた瞬間に嫌になってしまって、そのままドンキに行って鶏のやげん軟骨とロールケーキとカップラーメンとペプシを買って家に帰り、食べ散らかしてから寝た。

部屋が散らかっている。
私の部屋をいちばん散らかしているのは服で、その次がバッグ。
サッと片付けられる程度にクローゼットを空けておけばいいのに、服もバッグも好きなので、捨てては買うからいつでもぎゅうぎゅう。
掛かっている服をかばいながら、しまう服を押し込む作業が好きじゃないので、片付けるにも気合が要る。

でも私は、散らかった部屋が嫌いなのだ。
心が弱いので簡単に気持ちが乱される。イーーーーーーーッてなる。
だから、ぐうたらな自分に鞭打ってきれいに片付ける。

PMS(月経前症候群)のとき、それは簡単ではなくなる。
急に気力がなくなってしまう。ジムに行くのが嫌になったように。

この前、めまいがひどくなりすぎて困って婦人科に行ったら、次の生理から「ヤーズ」という薬を飲むように言われた。低用量ピルらしい。
お医者さんから渡されたパンフレットにあるPMS(より重症のPMDD)の症状例に「なにかに圧倒されるような感じ」と書いてあった。
わかる。
空からでっかい鐘が落ちてきて閉じ込められて、暗闇の中で外から鐘を突かれてゴーンゴーン鳴らされている感じ。

情緒不安定になるのも、特定の食べ物(私の場合ジャンクフードと生クリーム)を過食するのも、ありきたりな症状の一つとして書いてある。
知らない人が見たら奇行でしかないのに。


ともあれ、このわけのわからないものへの対策が決まったことに少しホッとした。
私は生理痛がひどいわけではないし、子宮も卵巣も異常はないらしい。「異常がない」と言われただけでひどくありがたく思ってしまったのは、一体どういうことだろう。

毎日飲む薬だから、お金は少しかかる。保険適応だけれど。
煙草が禁忌となる。血栓ができやすくなるからだ。脳梗塞や心筋梗塞のリスクが何倍にも跳ね上がるらしい。昔よくわからないままピルを出されて飲んでいた時にもそう言われた。

普段吸わないのに、値上がり前にきまぐれに買ってしまった煙草をどうするか。
キャスターの5mg。バニラの味がするやつ。吸わない私が吸うときに、いつも買うやつ。ずっと昔から。
タバコなんか大嫌いだ。臭いし。クラブに遊びに行っていた頃、服やバッグや靴だけじゃなくブラジャーまで臭くなって「最悪」と思った。
でもたまに吸う。友達と。恋人と。あれはすごく、いいから。
それも、薬を飲みはじめたらやめる。


やけ食いする予定の鶏軟骨をフライパンで蒸し焼きにしている間に、散らかった服を拾って片付けた。

性分、って感じ。

2018年11月22日(木) 19時38分

アゲハとレモン その後

アゲハとレモンのその後のことだけれど。

結果を先に言うと、アゲハの子どもたちは全員ちゃんと巣立っていった。
そして、レモンの木はほぼ丸坊主になったけれど、どうやら枯れずに生きている。

観察してはじめて知ったのだけれど、幼虫は脱皮しながら大きくなる。
昨日まで鳥の糞に擬態した黒くてゴツゴツした小さな虫だったのが、次の日いきなり緑のやわらかそうなイモムシになっていたりして感心した。
あまり動かずボーっとしているように見えても、だんだんレモンの葉がなくなっていったので「食べてるんだな」とわかった。

そしてびっくりすることに、子どもたちはレモンの木ではさなぎにならない。
さなぎになる場所を探して、ある日「ポトッ」とレモンの木から落ちて、もそもそ歩いてどこかに旅立っていく。
「わざわざそんなリスクのあることをしなくても!!」と思ったけれど、まるで道がわかっているかのように私の部屋のウッドデッキを伝って地面に降りて、プニプニとやわらかそうな体でアパートの共用部分に敷かれた砂利の上をずいぶん遠くまで歩いていくのを見ていたら、健気さにグッときてしまった。(でも30分ぐらい見守っていても花壇の周りをあっち行ったりこっち行ったりしていたので、さすがに飽きて『あとは頑張れよ』とバイバイした)

全部で7匹か8匹ぐらいいて、2回その「ポトッ」という瞬間に立ち会って見送った。
最初に巣立った1匹はおなかいっぱい食べられたと思うけれど、最後の3匹ぐらいになるとほとんど葉っぱがなくなっていたので、十分に栄養を摂れなかったんじゃないかと思う。ちゃんと蝶々になれたのか気がかりだ。
わからないけれど、あとはグッドラックを祈るだけ。

それでレモンの木だ。
ある日突然、なんだかもう全部嫌になってアゲハの子どもたちに差し出した。
もう好きにすればいい、と自棄になった。
どこかで自分を重ねていたと思う。その証拠に10月は、私自身にも「好きにすればいい」と思ったし、好きなことをした。
レモンの木が丸坊主になっていくのを見るのはハラハラしたけれど、どこか派手な自傷行為のようで気持ちがよかった。大事なものを手放すことや、これから欲しいものや、なりたい自分のことを考えるようになった。身軽に。

いまレモンの木は、アゲハの子どもたちを養って、葉っぱという葉っぱを全部食べられて、1枚だけ葉っぱだったことがわかる残骸をつけているけれど骨だけになったような姿でしんとしている。
これから冬が来るので、防寒用の布を巻いて労わってあげようと思う。

来年の春にちゃんと新しい葉が出てきてほしい。
そのときやっと、この話はハッピーエンドになる。


【追記】
はじめてのことなんだけど、9月の終わりに書いて下書きのままにしていた記事を公開しました。レモンを差し出した頃の私の感じが出ているなと思ったので。ブログとはいえ、なんてことない過去の日記を後出しで人に見せるっていうのも不思議だけど、それも含めてライフログだし。よろしければ。

2018年09月29日(土) 00時51分 「雨とカレー」

2018年11月08日(木) 20時05分

恋愛のクオリティ

「The quality of ART」

という文字が目に飛び込んできて混乱した。

図書館の「新しい本」のコーナーにあった本で、白人の赤ちゃんが笑っている写真の下に、白くて細いおしゃれなフォントでそれが書いてあり、でもその下には体外受精を実施する施設のガイド本だと書いてある。

アート???
体外受精で子どもを授かることが???

急にグロテスクに思えて、思わず本を手に取ってぱらぱらとページをめくったら「Assisted Reproductive Technology(生殖補助医療)」の頭文字を取って「ART」というのだとわかってホッとした。
とはいえ、ガイド本にしてはなんだか変なタイトルだな、とも思った。妙に突っかかってくるような言葉だ。

妊娠出産年齢としてはとっくに‟高齢”なので、私も誰かと子どもを望めばそういうことになる可能性があるだろう。

quality、か。

品質。素質。良し悪し。優劣。

なんだか怖くなって目をそらした。



最近、お昼休みには会社の近くの図書館に行く。
私はもちろん港区在住ではないけれど、会社の名刺を出したら在勤であることが認められて貸出カードも作ってもらえた。
この図書館は、母が品川の女子高に通っていた頃によくデートをした図書館だそうで、話したら「やだぁ、懐かしい」と喜んでいた。(もちろん相手は父ではない)

娘の私は、その図書館で恋愛小説を借りている。
もともとあまり本を読まないし、まして恋愛小説なんか全然好きじゃないことは家族や友達ならご存知の通りなのだけれど、最近は自分の精神を竹刀で打って鍛錬するかのように読む。さすがに買って読むには至らないので、借りて。
なんでそんなことをするかというと、今までそういうことが足りなかったと思ったからだ。それだけ。
あとはいつも通り、植物や医療や仏教や工学や伝統芸能や生物や詩集なんかの、好きな本も借りる。それは楽しみとして。

いま江國香織さんの文庫を一冊ずつ読んでいる。
昔、元上司に『神様のボート』を貰って、それは何度も読んだ。ピアニストの母と娘の、ロードムービーのような物語。
すべてが報われるラストシーンがすごく好きで、そこにたどり着きたくて静かな物語を繰り返し読む。
江國さんの本なら恋愛小説も読みやすいと思って。
それは的中して、たしかにとてもすんなり読めている。
さっき返却した本の中で、小説家の女性が「現実が本の中と同じだとわかって安心した」ということを語るシーンがあったけれど、私も恋愛小説の中が現実とさほど違わないとわかって安心したところ。(そうじゃない作家の本もたくさんあるとは思うけど)

ただ江國さんの本の恋愛は、常識を侵したというか、相手のいる人との恋の話が多い。妻がいるとか夫がいるとか恋人がいるとか、曲がったり削れたりした形で馴染んだ関係の男女がよく出てくる。

昔ほどではないけれど、私は不倫とか裏切りが生理的にダメなので「ウッ」となることもある。でも、仕方のないこととして丁寧に描かれると「仕方がないのね」と読める。
現実でもこの歳になると仕方がない恋はいくつか見たし、「仕方がないのね」と背中を押したこともある。
自分がそれをしないのは、ただ仕方がないことになっていないから。
そしてなるべく注意深く、仕方がない恋に遭わないようにしているから。



いつも忙しくて疲れている恋人に「マッサージもいいけど、ヘッドスパもいいんじゃない?」となんとなく言った。
彼は仕事で頭を使っているし、スマホを見ていることも多いので、きっと体より頭が疲れているだろうと思って。
いつからか恋人の顔を思い浮かべると、苦笑している顔が浮かぶ。やさしそうに、ごめんって顔をして。きっとその顔が、いちばんよく見る顔だから。
でも私は、ふたりで温泉に行って浴衣で卓球をしたときの彼の笑顔の方が好きだ。お風呂上がりの浴衣の下にパンツを穿いていなくて、スマッシュを打ってはだけた浴衣を押さえて「あぶねー」と言って笑っていた。くだらないことで笑う彼は、いつもよりずっと若く見えた。

それから数日後、「週末はなにをしてたの?」と聞いたら「ヘッドスパに行った」と答えたので「素直か!!」と思った。
彼はすごく善良な人だと思う。たまに小さな男の子のように、私の思い付きに素直に従ったりする。
それを「かわいい」と伝えたら「かわいい?」と笑って、「 いづみは独創性が高いから人と違うところを見てるんだよ」と言った。

だとしたら。
私のヘンテコな独創性は、あなたの素敵な部分をどんどん作れる特別な才能なので、もっと私を、もっともっとあなたが私を、必要としてくれたらいいのに。

2018年11月07日(水) 20時32分