スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日(--) --時--分

西友とさよなら

明日、近所の西友が閉店してしまう。

ビルごと建て直して3年後にリニューアルオープンするらしい。
3年後って。もう少し早くしてもらえないだろうか。


私、西友が好きだ。
24時間営業だし。
プライベートブランドのポテトチップスやカップラーメンがうまいし。
牛乳のデザインもかわいい。
あとかかってる音楽が良くて、なんとなく落ち着く。

だから、西友が閉店するとか嫌すぎて、現実と向き合わないまま今日まで来たけど、やっぱりするんでしょうね、閉店。

すごく嫌だけど。


利用するようになったのは、一人暮らしを始めてから。
飲み会やデートの後、まもなく今日が昨日になるという時間、卵や牛乳を買うためによく立ち寄った。
店内にはいつでも結構お客さんがいて、なんだかそれだけでホッとして、帰り道の心細さが和らいだ。


2年前、一人暮らしを始めたばかりの頃は、西友に行くたび調味料を買った。

醤油や塩や油は引っ越しの時に母が持たせてくれたけど、みりんや酒、マヨネーズにケチャップ、中華だし、ごま油、とろみをつける片栗粉、にんにくや生姜、豆板醤や甜麺醤、メイプルシロップなどなど……実家には当たり前にあったものがない。
料理をするたび買いに行くので「自炊って、なんてお金がかかるんだ」とおののいた。
いい歳して、そんなことを実感するのも初めてだった。

家計簿アプリに、買ったものと値段をポチポチと打ち込みながら、「私、やりくりしていけるかな……」と不安だった。

そのうち自分のキッチンに調味料が揃って、大体のものが食材だけ買えば作れるようになり、そうなると生活の不安はだいぶ薄れた。

その頃には、一人の部屋にも慣れていた。


「せっかく一人暮らしなんだから、料理しなきゃ」「料理といえば和食だろ」と思って、何故かいきなりぶりのアラと大根を買って、ぶり大根を作ったこともあった。
美味しくできたけど、慣れていないから5人前ぐらい出来上がってしまい、生臭いキッキンにうんざりしながら1週間食べ続けたりもした。

最近は、一人前の分量にはだいぶ慣れた。
でも、ぶり大根を作るような真人間ではなくなってしまい、生野菜に塩をつけて食べたり、ぐうたらしている。


明日、西友とさよなら。
私の初めての自炊の思い出とも、ひとまずさよなら。


また3年後。

……って、さすがに3年後は私ここで一人暮らししていたくないけど、どうだろうねぇ???


スポンサーサイト

2017年08月29日(火) 23時33分

息苦しい私と学校を辞めた彼女のこと

‪仕事で、デザイナーさんにもらったデータを手直ししてもらいたくて「お手数ですが」と再依頼をするメールを書いているとき、たまらなく自分が嫌になった。

自分の書いた文面が妙に丁寧で、気を遣っていて、それが堅苦しく思えて。

結局、気を遣ったら悪くは思われないんだろうけど、相手にどう思われるかというより自分が、用件に「お願いします」とだけ書いてポン!と送信して気にも留めない人だったら良かったのに、と思ってしまう。

ちょっと疲れてるみたい。



「私は潔癖症なのかもしれないな」

と最近よく思う。

たしかに、どちらかと言えばきれい好き。
部屋が散らかると自分の頭まで散らかる気がして、なんだかイライラしちゃって。
でも、四角いところを丸く掃くタイプ。
見えないところは雑。
クローゼットに服を丸めて詰め込んでいたりする。

昔、母が毎日掃除をするので「ホコリじゃ死なないよ!」と反抗していた。
この前実家に帰ったら、「最近は億劫になっちゃって、3日にいっぺんぐらい」と言っていた。

最近は私の方が、汚れが気になって無意識に「うぅぅ」としかめ面をしてしまう。

こんな私は、人に息苦しさを感じさせているだろうな、と落ち込む。



たぶん前にも書いたのだけれど。

高校の頃、同じクラスの明るくて頭のいいリーダーシップのある女の子が、急に学校に来なくなって退学した。

ホームルームの時間に先生が、彼女が退学したという報告とともに「君たちは『引きこもり』という言葉を知っていますか?」と私たちに言った。
そして彼女が、自分ではどうにもできなくてそうなってしまったのだということを、丁寧に説明した。‬

私はそのとき初めて「引きこもり」という言葉を知った。


彼女は前年に偏差値の高い私立高校を辞めて私の通っていたホドホドの公立高校に再入学した人で、私たちより一つ年上だった。
今思えば、体育のときに辞めた学校のTシャツを着ていたので「そのTシャツ……?」と思った。
学校指定のTシャツもあったのに彼女があえてそれを着ていたのは、「辞めたくはなかった」という気持ちだったからかもしれない。
そんな深い意味はなかったかもしれない。
本当のところはわからないけど。


先生の話を聞きながら、「もしかすると、前の学校でもこの状態になってしまったのかな」と思った。
‪「頑張りすぎて疲れてしまったんだろうな」と。

体育祭も文化祭も、彼女が大きな声でみんなを引っ張っていた。
高校生らしい照れのある感じではあったけど、みんなそれについていった。
でも、もしかしたらそれでも彼女は、いつしか声が枯れて力尽きて「なんでみんなやってくれないの……」と無力感に襲われたのかもしれない。

本当のところは、わからないけれど。


彼女のことは、しばらく気になった。
進級してクラスが替わってからも、たまに思い出した。
手紙を書こうか迷ったけれど、特別仲が良かったわけではないし「変に思われるかな」と書かずじまいだった。

今でも、あのとき書けばよかったと後悔している。
彼女が学校を辞める少し前、悩んでいた私に突然話しかけて「つらいときは、つらいって言った方がいいよ」と言ってくれたのだ。

どう思われたとしても、手紙を書けばよかった。


彼女ほど優秀じゃないけど、私も「自分がやらないと」と頑張りすぎて空回りすることがあって、そのたび彼女を思い出す。‬

人から見ればちゃんとしているのに、自分だけが自分を許せなくなってくること。

自分を許せないだけじゃなく、わかってくれない人まで許せなくなってくること。

根本的な解決策はわからない。
いまのところは、「私はそういう人間だから気をつけて」と、自分をなだめてやり過ごしている。


それと、明るかった彼女と、突然いなくなってしまった彼女が、今でも私のストッパーになっている。

2017年08月19日(土) 10時49分

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。