贈り物ができない

大事な親友が入院するから、何か素敵なお見舞いを贈りたくて、街やインターネットをずっとうろうろしている。
ずっとうろうろしているのに、何が素敵なものなのか、わからない。

焦って変なものを手にして迷って「いや、これはあんまり」と戻す。
脂汗をかきながら、どうしたんだ、と怖くなる。
好きなものや素敵なものが、わからないなんて。

「最近ちょっと体調を崩したり仕事が忙しかったりして、気持ちが穏やかじゃないからだ」と言い聞かせてみるけれど、もともと私は贈り物が苦手だ。

小さな贈り物をいただくのは大好きで、そういうことが上手な人にすごく憧れている。
親友も、贈り物が上手だ。
やさしいし、まめなのだ。

自分もそうなりたくて真似しようとするけれど、いざとなると全然気が利かない。

いつも考えすぎてしまう。

「私はいいと思うけど、あの人はそう思うだろうか」
「こんなのあげたら、変に思われるんじゃないかしら」

考えてしまって、結局やめる。
やめるということは不義理をはたらくことになるので、なんにもいいことがない。
それならなんでもいいから贈ればいいのに、考えれば考えるほど何がいいのかわからなくなる。

いつも、軽やかになれない。


私にはこういうところが他にもあって、例えば手紙だ。

小学生の頃、東京から千葉に引っ越した。
当時はメールなんてないから、東京のたくさんの友達から、一斉にかわいい便箋で手紙が届いた。

私も便箋を買い込んできて返事を書いた。
伝えたいことがたくさんあるので、ひとりひとり何枚も何枚も書く。
間違えて書き直したり、読み返して言い回しが気になって悩んだりしていたら、それに疲れ果ててしまって書けなくなる。
返事ができなくなって、みんなを怒らせたりした。


もういい歳なのに、その頃から変わらない自分にがっかりしてしまう。

でも子供の頃も、今も、「この人に」と思って悩むほど大事な友達がちゃんといるってことはわかった。

ありがたい。
贈り物がしたいのに、また友達の方にもらってしまった。


明日また考えよう。


2017年05月03日(水) 23時46分