息苦しい私と学校を辞めた彼女のこと

‪仕事で、デザイナーさんにもらったデータを手直ししてもらいたくて「お手数ですが」と再依頼をするメールを書いているとき、たまらなく自分が嫌になった。

自分の書いた文面が妙に丁寧で、気を遣っていて、それが堅苦しく思えて。

結局、気を遣ったら悪くは思われないんだろうけど、相手にどう思われるかというより自分が、用件に「お願いします」とだけ書いてポン!と送信して気にも留めない人だったら良かったのに、と思ってしまう。

ちょっと疲れてるみたい。



「私は潔癖症なのかもしれないな」

と最近よく思う。

たしかに、どちらかと言えばきれい好き。
部屋が散らかると自分の頭まで散らかる気がして、なんだかイライラしちゃって。
でも、四角いところを丸く掃くタイプ。
見えないところは雑。
クローゼットに服を丸めて詰め込んでいたりする。

昔、母が毎日掃除をするので「ホコリじゃ死なないよ!」と反抗していた。
この前実家に帰ったら、「最近は億劫になっちゃって、3日にいっぺんぐらい」と言っていた。

最近は私の方が、汚れが気になって無意識に「うぅぅ」としかめ面をしてしまう。

こんな私は、人に息苦しさを感じさせているだろうな、と落ち込む。



たぶん前にも書いたのだけれど。

高校の頃、同じクラスの明るくて頭のいいリーダーシップのある女の子が、急に学校に来なくなって退学した。

ホームルームの時間に先生が、彼女が退学したという報告とともに「君たちは『引きこもり』という言葉を知っていますか?」と私たちに言った。
そして彼女が、自分ではどうにもできなくてそうなってしまったのだということを、丁寧に説明した。‬

私はそのとき初めて「引きこもり」という言葉を知った。


彼女は前年に偏差値の高い私立高校を辞めて私の通っていたホドホドの公立高校に再入学した人で、私たちより一つ年上だった。
今思えば、体育のときに辞めた学校のTシャツを着ていたので「そのTシャツ……?」と思った。
学校指定のTシャツもあったのに彼女があえてそれを着ていたのは、「辞めたくはなかった」という気持ちだったからかもしれない。
そんな深い意味はなかったかもしれない。
本当のところはわからないけど。


先生の話を聞きながら、「もしかすると、前の学校でもこの状態になってしまったのかな」と思った。
‪「頑張りすぎて疲れてしまったんだろうな」と。

体育祭も文化祭も、彼女が大きな声でみんなを引っ張っていた。
高校生らしい照れのある感じではあったけど、みんなそれについていった。
でも、もしかしたらそれでも彼女は、いつしか声が枯れて力尽きて「なんでみんなやってくれないの……」と無力感に襲われたのかもしれない。

本当のところは、わからないけれど。


彼女のことは、しばらく気になった。
進級してクラスが替わってからも、たまに思い出した。
手紙を書こうか迷ったけれど、特別仲が良かったわけではないし「変に思われるかな」と書かずじまいだった。

今でも、あのとき書けばよかったと後悔している。
彼女が学校を辞める少し前、悩んでいた私に突然話しかけて「つらいときは、つらいって言った方がいいよ」と言ってくれたのだ。

どう思われたとしても、手紙を書けばよかった。


彼女ほど優秀じゃないけど、私も「自分がやらないと」と頑張りすぎて空回りすることがあって、そのたび彼女を思い出す。‬

人から見ればちゃんとしているのに、自分だけが自分を許せなくなってくること。

自分を許せないだけじゃなく、わかってくれない人まで許せなくなってくること。

根本的な解決策はわからない。
いまのところは、「私はそういう人間だから気をつけて」と、自分をなだめてやり過ごしている。


それと、明るかった彼女と、突然いなくなってしまった彼女が、今でも私のストッパーになっている。

2017年08月19日(土) 10時49分

落とし物はいや

「いつ帰ってくるの?」
「今週には帰るよ」

帰省している彼氏がふんわりしたことを言うので、妙に不安になってしまった。
事情があっての帰省なので、スケジュールがはっきりしないのだという。
仕方がないこと。

わかってるのになんで、こんなに簡単に心細くなるんだろう。



今日は一日中社内にいて、資料作成をしていた。
じっくり考えて、じっくりやれたのでよかった。
前の仕事は5枚同時に皿回しをしてるみたいな慌ただしい環境だったので、なんだか信じられない。

新しい会社は今どきめずらしく社内での喫煙可で、私はタバコを吸わないから、一日中社内にいると煙でやられて激しく咳が出る。
これだけは、なんとかしないとまずそう。
なんとか、って、どうすりゃいいのかわからないけど。


定時で仕事を終えて会社を出て、東京タワーの見える交差点を走って渡った。

駅に続く脇道に入ったところで、右耳が変に軽いことに気付いて触ると、つけていたイヤリングがなくなっていた。

咄嗟に振り返ったけど、駅に向かう人たちが押し寄せてくる道に、金のワイヤーに白い貝を連ねた大ぶりのイヤリングは落ちていない。

音もしなかったし、ここより手前で落としたのかもしれない。
少し戻って、通ってきた道を探したけれど、見つけることはできなかった。


ああ、いやだよ。
落とし物はいや。

イヤリングは去年か一昨年に自分で買った安物で、メッキも剥げかけてて、それは別に惜しくもないような物で。

でも、さっきまで一緒だったの。
急にいなくなってしまうなんて、さびしくて。

こんな気持ちになるなら、イヤリングなんかつけなきゃよかった。
ずっと家に置いておけばよかった。
急にさよならになってしまうぐらいなら。


「イヤリング落としちゃったの」

と、連絡してしまいたい。

急にそんなこと言われても意味がわからないだろうけど、あの人のことだから「そうなの。かわいそうに」と言うだろう。


東京にいたって忙しくてほとんど会わないのに、飛行機に乗って行くほど遠いところにいると思うと、繋がっていた紙のテープがぷつっと切れたみたいに思ってしまう。


さびしいのは嫌い。

なにもなくならないで。


2017年07月31日(月) 20時01分

できる人ブログ

「できる人間はメールの返信が早い」

という話を聞いて、確かにーと思うのだけれど、そういう人のメールって短文で「確認しました。それでいきましょう!」みたいな、勢いと必要な情報は凝縮されてるけどこちらの気持ちをおもんぱかる内容が少ないものが多いから、いつもちょっとだけ寂しくなって、私ばっかり好きにならないように線を引いてしまうな、と思うので、結局、私は少々できないぐらいの人の方が好き。


というわけで、できない私です。
ずいぶんとご無沙汰でした。

いろいろあって感じることも多くて書き出すとキリがないのだけれど、ここはできる人のように短く。

転職しました。また広告の仕事。

ゴールドジムに通い始めました。マッチョだらけ。腹筋割りたい。

両親を招待してお伊勢参りに行きました。

大病を乗り越えた親友に会いに行きました。

彼氏と鎌倉、今年は行けました。

37歳になりました。


歳を取ると、なんとかバランス取れるようになるもの。
いや、私は比較的すぐ転ぶけれど、それでもマシになるもの。


いろいろあるので、また落ち着いたら。

いってきます。

2017年07月13日(木) 09時33分

猫は付き合いやすい

家から駅までの道に、よく三毛猫が寝ている。

昼も夜も人通りの多い路地なので、よく誰かに撫でられている。

あいつは誰にでも撫でられる猫だ。


今日は、午後にジムに行こうとしてそこを通ったらちょうどその猫が寝ていて、先客がいなかったのでしゃがみこんで少し撫でたら、「ぐりん」と体を回転させて気持ちよさそうに撫でられてくれた。

こいつめ。

でもジムに行かなきゃいけないので、チョチョっと撫でて、立ち上がってバイバイしてまた歩き出した。


そういえば、猫にはこんな風にしても罪悪感が残らない。
撫でた動物が気持ちよさそうにしているとやめ時がわからなくて困るのだけど、猫はたぶん、こちらがあっさりやめてもなんとも思っていない。

だから、猫は付き合いやすい。

私は人並み以上に猫が好きだけれど、それより少し多めに犬が好きだ。
けれど、こういうところは猫がいい。
猫は後腐れがなくて最高だ。
猫は付き合いやすい。


私の性格は完全に犬なので「付き合いづらいのだろうな」と思う。

執着もなく、なんとなく撫でられて、やめられても別に何も感じない猫のような女ならば。


なれるわけでも、なりたいわけでもないので、このまま犬好きな人にかわいがられるのを待つけど。


2017年06月12日(月) 00時53分

玉ねぎとひき肉を炒めたやつの匂いって

最近は日が長くなって、仕事から帰るときにまだ薄明るい。

初台の駅に向かって、買い物客と飲み客が行き交う不動通りを横切るようにして住宅街の細い道を抜ける。
住所でいうとこのあたりは渋谷か新宿だし、たぶんびっくりするほど土地も高いのだろうけど、古くて倒れそうな家々が隙間なく並んでいる路地の景色は、少しもえらぶっていなくてやさしい。

「いつも悪いわね」
「いいのよ、ちょうど八百屋さんに行ってきたから」
「ごちそうさま」

と、誰かが誰かに野菜をおすそ分けする声が聞こえてくる。


夕飯の準備をしているのか、どこかから玉ねぎとひき肉を炒める匂いがしてきた。
仕事の延長でシャンとしていた背筋が途端にホッとゆるんで、なぜか好きな人のことを思い浮かべた。

これからあの家では美味しいものができあがって、きっとみんなで食べるのだ。
おしゃれでも豪華でもないけれど、どっしりと確かな日常の匂い。

ゆるがないものを、というか、壊れるのではないかと不安にならないものを、根拠もなくそう盲信できるものを、しあわせ、っていう気がする。

好きな人は、いま何をしているだろう。


おぼれかけながら息つぎをするような日々も本当は嫌いじゃない。
ハイになれるから。
でも私は、玉ねぎとひき肉を炒めた匂いが好きだ。


記憶の中の玉ねぎとひき肉を炒めた匂いは、子供の頃、母が料理をしていたときの匂いだ。
全然ふわふわじゃない薄焼きみたいな卵でくるんだオムレツか、しょうゆ味の焼きめしになる。


あの人も、こんなしあわせが好きだろうか。

2017年06月07日(水) 23時45分